今日からは水泳部後輩たちと鹿児島観光です。
実は今回鹿児島観光についてほとんど何も調べられずに行ってしまったのですが、同室の万里ちゃんがガイドブックを持ってて、ちょこちょこ見させてもらった結果、知覧と福山に行きたいなぁ!と思い、リクエストしてたんですよね〜!
桜島も行きたいなぁ…
ヤマシゲくんにピックアップしてもらって、雅子ちゃんピックアップして、出発です!
桜島が見える!
須々原展望台
知覧到着
知覧はお茶が有名ですが、武家屋敷など、歴史的建造物もあるのね…
7番で知覧の庭園入場券を購入
7 森重堅庭園
お庭
森家は亀甲城の西麓にあり、領主に重臣として仕えた家柄で住居や土蔵は寛保初年(1741年)に建てられたものである。
曲線に富んだ池には、奇岩怪石を用いて近景の山や半島をあらわし、対岸には洞窟を表現した穴石を用いて水の流動を象徴している。庭園入口の右側にある石は庭園の要をなし、雲の上の遠山を現している。
こういうの、現地で読みながら見学すればよかった…
旧高城家住宅
明治以降に建てられた武家住宅。
知覧型二ツ屋で「おもて」と「なかえ」の二つの屋根の間に小棟を置いたタイプのもので、知覧だけに見られる。
二つの本棟と小棟の形、そこにできる屋根の造形は実に美しく、この構造は、知覧大工の創造力と技術によって完成されたものである。
6 佐多直忠庭園
門をくぐると切石の目隠しにつき当る。屏風岩とも呼び、防衛を兼ねた造りで江戸時代中期の武家屋敷の風格を備えている、1741〜1744年の作庭で、借景の母々岳を望む庭の一隅に石で組まれた築山を設け、その中心部は3.5mの立石と枯滝の石組みが絶妙な趣を呈し、一幅の水墨画をそのままに現した
名園である。
5 佐多民子庭園
巨石奇岩を積み重ねて深山幽谷の景をうつしだし、小舟に乗って石橋の下を潜って行くと、仙人が岩の上から手招きしているようだ。
麓川の上流から運んだ庭石は、凝灰岩質のもので、巨岩のため石目にそって割り、牛馬で運びやすくしたものである。
あ!
うさぎの雲だ!!
4 佐多美舟庭園
寛延4年(1751年)に造られたものといわれ、知覧庭園の中では最も豪華で広い庭園である。枯滝を造り、築山の上部に石灯、下部の平地には各所に巨岩による石組を設けている。門を入って右に折れて書院の前に出ると、本庭の主力の滝を中心とした石組みは、えんえんと流れ、訪れた人々に力強さと広さを感じさせる。
知覧型二ツ屋
石敢当
3 平山亮一庭園
石積みの一つもない大刈り込み一式の庭園である。イヌマキによる延々たる遠山は高い峯を見せ、前面にはサツキの大刈り込みが築山のようで、母々岳を庭園に取り入れて極端に簡素化された借景園として、名園の名をほしいままにしている。
2 平山克己庭園
母々岳の優雅な姿を取り入れた借景園である。北側の隅には石組みを設けて主夆となし、イヌマキの生垣は母々岳の文脈をかたどっている。また、どこを切り取っても一つの庭園を形づくり、調和と表現にすぐれた庭園として絶賛されている。大海原には無人島が浮かび、遠くには緑の大陸が望まれ、想像とロマンの世界で楽しめる庭園である。
1 西郷恵一郎庭園
庭の南東部の隅に枯滝の石組みを設けて高い峯とし、この峯から低く高く刈り込まれたイヌマキは遠くの連山を表現している。また鶴亀の庭園ともいわれ、一変して高い石組みは鶴となり、亀は大海にそそぐ谷川の水辺に遊ぶがごとく配され、石とさつきの組み合わせは至妙である。
国指定「知覧重要伝統的建造物群保護地区」で見られる7つの庭園を見学したあとは、お昼ごはーん!
古民家レストラン
よかにせ御膳
知覧茶抹茶と黒糖だんご
自家製すもものかき氷
美味し〜い!
一路久志へ。
小原先生のお墓まいり
来たね!
灯篭の中のお線香、使わせていただきましたよ。
集合写真
小原先生の字
小原家
小原国芳建立
夢
お墓のお掃除など、管理をしてくださっている宮崎さん。
いつもありがとうございます。
丸木浜
海に入っちゃった!
水泳部の後輩たちにとっては、合宿の思い出の地らしい…
夕食 @ 鳴海旅館
夕景
スイカ
今日は偶然にも「岬まつり」の日で、鳴海旅館の屋上から大きな大きな花火が見えました。
花火撮るの難しい…
廣田くんの写真拝借!
このあと、3位おめでとうのスパークリングワインで乾杯してもらって、お部屋で宴会して、夜中に再び屋上へ!
流星群が観えるらしい…
屋上で寝っ転がったら、上には天の川。
周りの明かりも消え、目が慣れて来たら、すごい数の星、星、星…
そしていくつも流れ星を観ることができました。
鹿児島に来て、楽しく泳げて、メダルまでいただいて!
水泳部の後輩たちはこうして応援に来てくれて、お祝いしてくれて、観光も私が行きたいところを入れてアレンジしてくれて、本当に私は幸せだなぁ…と思いながら、2時間ぐらい観てたよね!
本当に幸せでした。
感謝。